鉄道にどれだけ乗ったらどれだけお金がかかるのか…というコンセプトで約3年綴った「乗り鉄の経済学」はしばらくお休みします。3歳児を抱えて「ベビ鉄=赤ちゃん連れの鉄道旅」の修行中。
by jtyk
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カテゴリ:願い(東日本大震災)( 3 )

三陸への願い



東北の大地震から、1日半が経ちました。


おととい(3/11 金)体調がすぐれなくて
本当は会社を休みたいくらいだったのですが
どうしても外せない案件があったため
大幅に時差出勤し、14時出社。


その案件を大急ぎで片づけていると、めまいがしました。
やばいと思って顔を上げると、周囲が騒然としていて
めまいではなく地震なのだとわかりました。
揺れはすぐに収まるだろうとPC作業を続けましたが
どんどん揺れがひどくなるばかり。


おなかが苦しいのを我慢して、机の下に隠れました。
オフィスは、21階建ての9階部分。
左右にゆっくりと大きく揺れました。


フロアでは、ロッカーが1ヵ所、45度に傾いていました。
コピー機や袖机も位置が変わってしまいました。
2回目の余震で、また慌てて机の下に隠れることに。
こんな大きな揺れは生まれて初めてです。


余震が怖くて、徒歩帰宅の人混みにもまれるのも怖くて
しばらくオフィスで待機していましたが
同僚の好意で、車で送ってもらうことになりました。
19:30、オフィス出発。


ところが飯田橋から新宿5丁目まで、なんと2時間半。
たいへんな渋滞で、車がまったく進みません。
車移動をあきらめて伊勢丹の裏手で降ろしてもらいました。
メトロが運転再開したものの、ホームも車両も人であふれて
たいへんな状況。こんな東京は初めてでした。


そんなこんなで、家に着いたのは深夜2時近く。
実質、歩いた時間がそんなに長くはなかったため
妊婦でもなんとか無事に帰宅できた次第です。




ふだん、めったにテレビを見ない私ですが
帰宅してからずっとテレビに釘付け、明け方まで眠れませんでした。
昨日(3/12 土)も、朝から晩までずっとテレビの前。


私の実家のある栃木県北部は、停電くらいで済みましたが
宮城や福島出身の友達はどうだっただろうかと気になり
ニュースに地名が流れるたびに胸が痛みました。


気仙沼、大船渡、釜石、宮古、久慈…


とても思い出深く、大好きな路線が走る地です。
津波の猛威にさらされる映像と、思い出の中の風景とが
まったく重ならず、嘘のようです。


2008年の夏、三陸を巡りました。
http://jtyk.exblog.jp/9708422/



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▲JR大船渡線と三陸鉄道南リアス線の接続駅・盛
 駅前のお寿司屋さんで、とても美味しいランチをいただいたのですが
 あのお店は無事なのでしょうか…祈るばかりです


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▲盛駅は、大船渡駅よりもすこし川を遡ったところです
 瓦礫のために線路が寸断された映像を見るたびに悲しくなります


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▲釜石駅にて 港に注ぐ大きな川沿いに倉庫や工場が立ち並び
 すぐそばに山が迫って、たいへん印象的な風景でした


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▲いったん八戸まで上がったあと、JR八戸線で南下しました
 海に近くてとても眺めのよい八戸線、被害の状況が案じられます


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▲太平洋を一望できる鉄橋で運転士さんが一時停止してくれた
 あの絶景が忘れられません 野田玉川駅にて


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▲川に沿って町が点在し、山と海に囲まれたリアス式の地形
 とてものどかな風景です あのような惨事となるとは


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▲普代駅で降りて、景勝地「北山崎」を見に行ったのですが
 その日は路線バスが臨時休業、駅前で途方に暮れていたら
 駅売店のお兄さんがわざわざ車で送り届けてくれました
 片道45分ほどの長い道のり…とても温かい思い出です


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▲田野畑村のモダンな名所・カンパネルラ田野畑駅
 ここは海から500mほどしか離れておらず、心配です


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▲茂市駅にて こういった木造駅舎は今どうなっているでしょうか


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▲宮古駅にて こちらで1泊して「浄土ヶ浜」を見に行きました
 かなり観光客が多い地なので、地震発生時点の状況が案じられます


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▲小本駅からバスに乗って「龍泉洞」にも行きました
 海沿いだけでなく、山あいの風景もたいへん印象的でした


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▲小本川を渡る三陸鉄道の車両 こんなのどかな光景が
 テレビの映像のようになってしまったとは、本当に悲しいです






…被災地の皆さんのご無事と、1日も早い復旧を心よりお祈りいたします…






(2011.3.13 記)









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by jtyk | 2011-03-11 14:46 | 願い(東日本大震災)

宮城への願い



東日本大震災、発生から1週間が経ちました。


私も家族も怪我はなく、家財道具も無事、ありがたい限りです。
しかし生まれて初めての大きな地震を経験したショックが消えません。
余震の恐怖と、毎日テレビで報道される悲しい映像が重なって
夜なかなか眠れなかったり、常に揺れているような錯覚に陥ったり。
計画停電、鉄道運休、買い占め騒ぎ… 不安は募るばかりです。


今日のニュースでは、確認された犠牲者数が6,911人に上り
阪神淡路大震災を超えてしまったとのこと。
信じられない事態、本当に現実なのでしょうか。


沈んだ思いから抜け出せないときは
YouTubeで、九州新幹線の全線開業CM「祝!九州」を見て
なんとか自分を奮い立たそうと努めています。
ママの元気がないと、ベビまで元気なくなってしまいますよね。




宮城も、とても大好きな場所です。


2007年、まだブログを書いていない頃には
宮城をデスティネーションとして、たびたび訪れていました。
ブログを始めた頃から、宮城は通過地点になってしまい
あまり記録が残っていないのですが…


4年前の写真を、いくつか探してみました。



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▲2007年3月24日 仙台空港駅にて ピカピカのSAT721系
 仙台空港アクセス線の開業は、2007年3月18日ですから
 開業ホヤホヤの時に乗りに行ったわけです
 …いま気づきましたが、3月18日って、今日じゃないですか…


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▲駅のホームも入口も、ほとんど人影がありませんでした
 列車の乗客はみんな「杜せきのした駅」で降りてしまうので
 むしろ「イオンモールアクセス線」なのではないかと
 思ったほどでした


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▲左手が仙台空港、右手が鉄道駅 E721系が走っています
 美しく整備されたこの空港が、大津波に襲われるとは
 今でも信じられません…映像をテレビで見るたび胸が痛みました


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▲2007年3月26日 くりはら田園鉄道に乗りました
 東日本大震災の最大震度7を観測したのが宮城県栗原市…との
 ニュース速報を聞き、真っ先に思い出したのがこの鉄道です


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▲終着駅、細倉マインパーク前にて
 訪問の5日後をもって廃線となった「くりでん」、最初で最後でした


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▲2007年8月18日 東塩釜駅にて
 コンクリート製で高床式になっている丈夫な駅舎でしたが
 今はどうなっているのでしょうか、案じられます


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▲東塩釜の駅前風景 材木を積み出す港がすぐ近くにありました
 のどかな港町を眺めながら、石巻行の列車を待った記憶があります


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▲仙石線205系 石巻駅にて
 松島海岸だけでなく、陸前大塚あたりの風景も大好きです


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▲石巻駅エントランス 石ノ森章太郎ワールド炸裂の愉快な駅舎
 宮城の皆さんのユーモアのセンスを信じ、復興を願うばかりです


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▲こちらも石巻駅 階段まで仮面ライダーという徹底ぶり…


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▲石巻駅構内にて、出発を待つキハ48の貴公子たち


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▲石巻線の終点・女川駅まで行きました
 列車を降りた瞬間、磯の香りがしたのを覚えています


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▲女川駅に隣接する「女川温泉ゆぽっぽ」のお座敷列車ルーム
 JRから寄贈された本物のキハ40だそうです


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▲大震災の報道で、女川町上空の映像がテレビで流れた際に
 オレンジ色の車両が横倒しになっているのが見えて
 あまりにも悲しくて涙が出ました


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▲女川駅の駅舎 テレビの映像は思い出したくもありません


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▲駅から150mほど歩くと、もう目の前は女川港です
 こんなに穏やかな港がどうして… 


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▲リアス式海岸の特徴的な地形だと思いますが
 港のすぐ近くが高台になっています
 もし私が、大地震の日にここを訪れていたら…
 旅行者の方々の安否も気がかりです






…亡くなられた方々のご冥福を祈るとともに
 被災地の皆様のご健康と、1日も早い復興を心よりお祈りいたします…






(2011.3.18 記)









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by jtyk | 2011-03-11 14:46 | 願い(東日本大震災)

福島への願い



東日本大震災の直後から、牛乳やヨーグルトがすっかり品薄になり
カルシウム摂取が困難な日々が続きました。
それでも、チーズやちりめんじゃこなら比較的入手しやすいので
被災地の方々に比べれば、まったく不足はありません。


ときどき「被災地で赤ちゃんを無事出産」という明るいニュースを聞くと
ホッと心温まりますが、これから出産を迎える大勢の妊婦さんの
栄養のことや、寒さのことが気がかりでなりません。
おにぎりやパンを供給するだけでも大変なこととは思いますが
カルシウム・鉄分・ビタミン・葉酸などのサプリメントが
被災地の妊婦さんに配られることを願っております。


今の私には、ひたすら願うことと、ネット募金くらいしか出来なくて
大変心苦しいのですが…


最近ようやく牛乳が買えるようになったと思ったら
今度は、ミネラルウォーターが品不足。
大震災の余波が、我が家の水道水にまで及ぶとは
思いもよりませんでした。


福島第一原発の「放射能」に関するニュースの数々。
基準値の何百倍もの数値を「人体に影響はありません」と言われても
何を信じればよいのやら、不安ばかりが募ります。
さすがに家に引きこもったり、関西に移住したりはしないものの
大震災以来、どんなに晴れても布団を干す気になれません。


毎日のように「フクシマ」の地名と暗いニュースをセットで聞かされると
まるで福島そのものが悪者のように思われそうで、心配です。


福島は、私にとって大切な場所です。



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常磐線、勿来駅。(2006.4.1撮影)
いわき市の南端にある福島県境の駅。隣の大津港駅から茨城です。
難読駅としても知られます。「なこそ」と読みます。


勿来は、私が生まれて初めて「ひとり旅」をした
思い出の地なのです。


中学2年の夏休みでした。


どうしてそんなことになったのか、まったく覚えていないのですが
朝、目覚めたら「そうだ、勿来、行こう。」と思い立ったのでした。



 私「ちょっとさ、今から勿来に行っていいけ?」

 母「は?」

 私「海、見たいんだけど、勿来がいちばん近いんじゃないけ?」

 母「はぁ… でもさ、勿来なんか行けるんけ?」

 私「磐越東線ってのが郡山から出てっから、それに乗っから」

 母「そっけ… でも、yちゃんひとりで、だいじけ?」

 私「だいじ、だいじ」



母とこんな会話をした記憶はあるのですが
小学校の修学旅行で東京に行った時しか電車に乗ったことのない私が
どうやって磐越東線を知ったのか、まったく覚えていません。
地図帳を眺めるのが好きだったので、そのせいでしょうか。
ちなみに「だいじ」というのは、栃木弁で「大丈夫」の意味です。


私の故郷は、栃木県の塩原温泉です。
鉄道駅から車で小一時間ほどの山奥にあります。


栃木には海がないので、海水浴に行くとしたら
やはり、勿来海岸がいちばん近いのです。
すべての栃木県民がそうだとは断言できませんが
少なくとも故郷の町内会においては「海といえば勿来」でした。
幼稚園児だった頃、生まれて初めてクラゲに刺されて
大泣きしたのも勿来海岸…未だに忘れられません。


中2の夏に戻ります。


そんなわけで、娘からの唐突な申し出に驚いた母でしたが
勿来だったらまぁいいか、と思ったのでしょう。
とりあえず駅まで送ってもらいました。


海は見たいけど、泳げないので、水着なんぞは持参せず。
カメラは我が家に1台の貴重品なので、持参せず。
お財布とハンカチとテレホンカードしか持たなかったような。。
もしかしたら地図帳は持っていったかもしれませんが
JR時刻表なんて、我が家にはありませんでしたから
まったくの身ひとつ、ふらり旅です。


いったい、どんな旅だったのでしょうか。


鉄道に興味があったわけでもなく
乗車記録をつけるなんて思いもよらず
ひたすら勿来を目指して、電車を乗り継いで
勿来海岸に到着したら急に海に入ってみたくなって
ジーパンをまくって波打ち際でひとり遊びして
帰りは電車の乗り継ぎが悪くて、時間がすごくかかって
家に電話したら「電車がなくなったらどうするの!」と叱られて
郡山まで車で迎えに来てもらって…


断片的な記憶しか残っていません。


気になったので、国会図書館に行って
当時の時刻表を調べてみました。


JR時刻表、1988年8月版より。


┏ 
┣ 西那須野 発 10:21 東北本線 537M
┣ 那須塩原 着 10:27 

┣ 那須塩原 発 10:33 東北新幹線 あおば207号
┣ 郡山   着 11:05 
┣ 
┣ 郡山   発 11:39 磐越東線 732D
┣ 平(たいら) 着 13:26
┣ 
┣ 平    発 13:36 常磐線 642M
┣ 勿来   着 14:09
┣ 
┣ 勿来駅前 発 14:20 常磐交通自動車バス 勿来関行
┣  :
┣  海
┣  :
┣ 勿来駅前 着 17:38
┣ 
┣ 勿来   発 17:42 常磐線 445M
┣ 平    着 18:09
┣ 
┣ 平    発 18:50 磐越東線 757D
┣ 小野新町 着 19:45
┣ 
┣ 小野新町 発 20:05 磐越東線 759D
┣ 郡山   着 21:10
┗ 


いわき駅が改名される前、「平駅」だった時代です。
平駅での列車接続でかなり待たされたので
たぶんその時に、駅の公衆電話から家に電話したのだと思います。

「郡山から最終の新幹線があっから、だいじだってば」

電話で母にそう伝えたような、おぼろげな記憶があります。
たぶん駅員さんに調べてもらったのでしょう。
その最終の新幹線は、郡山21:43発(あおば228号)でした。

結局、心配して家族みんなで郡山まで車で迎えに来てくれたので
初めてのひとり旅は、郡山止まりとなりました。

1988年当時は「学割運賃」なるものが存在したようで
中学生の私は、それを利用したと思います。

 往路: 2,480円(195.3km)+新幹線自由席1,700円
 復路: 1,680円(120.4km)

運賃表によると上記のとおりですが
復路も、本人的には西那須野まで帰る意思があったので
たぶん2,480円のきっぷを勿来駅で買ったはず。

勿来海水浴場までのバス代は、片道140円だったようです。
そんなことまで載ってるJR時刻表は偉大すぎます。

旅のお会計、6,940円也。
中学生のひとり旅としては、リッチすぎるお値段…






思い出の地、福島。
復興への道のりは長いかもしれません。

でも、私は願っています。
やがて生まれる子が、ひとり旅で福島へ行ける日を。






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▲南相馬市の中心駅、原ノ町行きの常磐線455系(2007.3.24)


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▲阿武隈急行線の丸森駅にて(2008.4.18)
 福島の美しい桜を、もっともっと見たいです






(2011.3.31 記)









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by jtyk | 2011-03-11 14:46 | 願い(東日本大震災)